【#1】「仕事行きたくない」についてマジメに考える~なんで行きたくなくなるの?~

つれづれ日記

ラクして稼ぐことだけを考えているアラサーぼっち女です。

字ヅラだけ見ると詐欺に遭いそうなペルソナw

それは良いとして、旅行明けに仕事へ行く夫が100回は言う言葉がありまして。

「仕事行きたくない」

今日はこの言葉について考えてみたいです。

「仕事行きたくない」が起こるのはなぜか?

これって【楽しい土日】と【楽しくない平日】が存在しているからですよね。

(ここでは平日働いて土日休みという設定にしておきますね)

前者と後者の”楽しさ”のギャップが大きくなればなるほど、「仕事行きたくない」という気持ちが強く大きくなるわけです。

「仕事行きたくない」なんて気持ちは誰も味わいたくないと思うのですが、それじゃあこの苦しい気持ちを軽減するにはどうすれば良いんでしょうか?

速攻で結論になっちゃうのですが、この2つのギャップを埋めていく他ありません。

“明日から仕事行くのを辞めて毎日を休日にする”とかはあんまり現実的ではないですし。

「それができたら苦労しねーよ!」って感じですw

じゃあギャップを少しづつでも良いから埋めてみましょう、となるんですがその作業自体は超シンプルです。

  1. ギャップの中身を特定する
  2. 特定した要素を取り除く

ね、あんまり複雑じゃないです。

まずは1番から。

「仕事行きたくない」の自分的理由は何なのか?ギャップの中身を特定する

グラフで分かったギャップの内訳を特定していく作業を最初に行います。

上記のグラフだとギャップが100ある状態なので、何がいくらほどのギャップを構成しているのか考えてみます。

例えば、私が会社員だった頃の場合だと、

  1. 時間的自由がない 30
  2. 場所的自由がない 10
  3. ストレスが大きい 60

って感じでした。かなりザックリです。ザックリでもOK。自分を理解するのって難しいので。

書いてみると「時間的自由がない」「場所的自由がない」もすべて「ストレス」な気がしてきましたw

時間的自由がない

平日は子どもの送迎・残業・家事に追われていて「ちょっと今日洋服見に行きたいかも~♪」と思ってもその日に実現できることは皆無でした。

何なら休日ですら家族と過ごすことに専念してしまって、数週間経った寝際のベッドの中で「体型に合わなかったら悲しいな…」とか思いながらやっとポチる生活。。。

“「〇〇したい」と思った時に即できる環境”が欲しかったな~と書きながら思い出しました。

場所的自由がない

職場がさほど遠くなかったこともあって占める割合としては低めですが、時間的自由とあわせて”いつどこにいてもいい”という心の軽さを求めていたと思います。

会社員だと常識のように扱われがちですが、「いつ何時何分にここにいなさい!いなかったらペナルティ(遅刻・怠惰)だからね!」ってよくよく考えたらむちゃくちゃキツくないですか…?

取引先とのミーティングや上司との打ち合わせとか。

社会不適合者でもないし(多分)、毎日遅刻しないで普通に出社していたし、部下もいたし、多分仕事もそこそこできていたと思います。

でも、私個人としてはそういう制限はないに越したことはなくて…。

できなくはないけどやりたくない“と思っていながら過ごしていた気がします。

ストレス~それは人間関係からやってくる~

これはもう言わずもがなですよね…^^ 

みなさま何かしらの悩みがあるんじゃないでしょうか。。。(働くということは誰かと関わるということですもんね…。)

人間同士の合う/合わないは避けて通れないし、自分と合う人だけがいる職場なんて奇跡だし、あったとしてもずっとは続かない。

外に求めたとて必ず崩れ去るものなので、対人ストレスは自分を変えることで緩和するしかないんですよね。。。

言葉で言うのはむっちゃ簡単だけど超ムズくないですか?

私はこのこと(自分が変わるしかないということ)に気づくまで、10年くらいかかりました。

そんな以前の私は“転職先の人間関係=ガチャ”だと思っていました。自分で言うのもちょっとショゲるんですけど他責思考ですよね。
「その人の性格が悪いんだから仕方ないじゃん」的な。
いやまぁそりゃそうなんだけどさ。

確かに面接をしただけじゃ上司や一緒に働く人の人柄までわからないんですよね。
何なら入ってみて数か月後に本性出してくるやつとかいるしw

会社の異動なんかも同じですよね。
私は希望を出してフルリモート・フルフレックスの部署に異動したことがあるのですが、新しい上司とまぁ~~~合わなくて。
異動前に直接会って数回の面談をしていたのにも関わらず、です。

「働き方はこれで完璧だ!少しはラクになれる!」と思ったのもつかの間、その上司とのコミュニケーションがツラすぎて退職を選ぶも手遅れになり(1年も我慢してしまった)、以降数年は季節性の”希死念慮”が襲ってくるようになってしまいました。

どれだけ”世間的に恵まれた環境”であっても、自分が違和感を感じるんなら居続けるべきじゃなかったなぁ、と勉強になりました。

その後、心の傷がずいぶん癒えてかつての自分を振り返る余裕が出てきたところで「これは自分が変わらないと一生変わらない(ずっと転職しなきゃいけなくなる)ヤツなのでは?」ということに気づいたのです。

本当に性格の悪い人やとんでもないパワハラをする人ってアリさんレベルでどこにでもいません?
梅雨時のナメクジ的な?
その辺の道に落ちてるう〇こ的な?w

もう回避不可能なわけですよ。。。
(回避可能性があるだけう〇この方がまだマシかもしれない)

じゃあどうすれば良いの?というと”反応しない“のです。。。

自分を変えてストレスをなくす。そんでもってギャップを埋める

何かネガティブな出来事があったとします。

  • 上司から理不尽に怒られた
  • お客様からクレームをつけられた
  • 友人とケンカした

こういった出来事があったのは事実として、それを受け止めてどう反応するかは自分が決めていることなんですよね。

  1. 上司から理不尽に怒られた
  2. 上司の言っていることは理不尽であると”判断“した
  3. 上司が悪い
  4. なんで怒られなきゃいけないんだという”怒り“が湧いてくる
  5. 家に帰ってからも”思い出して“ムカつく

順番に行きましょうか。

2番からストレス回避のための断捨離が始まりますwww(早い)

判断しない“のですよ。

「いやいやいやもう誰がどう見てもパワハラやん」みたいなこともありますよね。

自分に何かしらの危害がすでに及んでいるのであれば一刻も早い物理的な対処が必要になってきますが、まだそれほどでもない段階では自分の思考を変えて、ストレスをストレスとして受け取らない工夫をします。

その工夫のうちの一つが”判断しない“です。

上記のケースだと、自分が「上司が悪である(自分は悪くない)」という判断を無意識ですることにより怒りが湧いてストレスとなるので、「なんか怒られたわ」くらいに事象だけを捉えておいて、その後の思考を意図して止めちゃうのです。

むっちゃムズいやんってツッコミが入りそうですが何事も練習なので、ストレスを感じたりイヤなことがあったら、それは悟りを開く絶好のチャンスだと思って取り組みましょう!w

私はこの「反応しない練習」という本を読んで実生活で練習しまくり、今や取引先からの意味不明なチャットの数々にも心乱されることなく過ごせるようになりました。

Amazon.co.jp: 反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」 電子書籍: 草薙龍瞬: Kindleストア
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心乱れない=平和=休日のメンタルに近い状態になる、と見事にギャップを埋める仕事をしてくれました。
超オススメです。

ちなみに、”家に帰ってからも思い出してムカつく”というのは、”自分の記憶と闘っている”ということらしいです。(相手が目の前にいるわけじゃないので独り相撲やってる感じ?)

そう考えると少しバカバカしくなってきませんか?
なんでまた自分の記憶と闘って、自分で自分を傷つけたり落ち込ませたり、疲れさせたりするんだろ…ってな感じで。

嫌なことを繰り返し思い出してしまうのは人間の仕組み上仕方がないことなので、まずは”自分は今イヤなことを思い出してそれについて考え始めようとしている”ことに気づけるようになる練習をすることから始めると良さそうですね。

余談:宗教で修行が必要なワケ

完全余談ですが、この本を読んだら”修行”が必要な理由がわかったんですよね(笑)

それまでは「宗教で良くやってる修行って何!?何してんの!?」と不思議に思っていたのですが、「確かにこれは修行だわ~」と納得できましたw

想像以上に長くなってしまいましたが、平日と休日のギャップをできるだけ埋めていくという話、少しでもお役に立てれば幸いです。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました^^

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